北海道でシュタイナー思想を基に、教育・農業・生活を実践する場。

「舟」に寄せて

「舟」に寄せて

透き通る

ことばと声が、透き通った熱となること。
そのように、ひとが立つとき、それはこの地上において、どのような意味を持つだろう。
わたしは、透き通る、ということに、意識をむけてきました。
日々の雑事を「こなそう」と思考することは、透き通ることとは無縁。
日々の雑事、事象、その中に秘められた伝言を見ること。
「わたし」を見つけてゆくこと、ことばに向かい合う中で。
ことばの高きものを認識し、頭をたれ、精神の森で、深く内省すること。そこで、自我とことばが結ばれあう息吹を見つけること。そこでわたしは、少しずつ透き通った熱となってゆく。
詩を声にする、そうした作業の連続。
詩という精神の世界。その世界において、精神は飛翔する。
飛翔した精神は、地上での貪欲なこころを清め、さわやかな別れを告げる。
天へとむかう衝動を、誰しもがもっている。わたしも、あなたも、これからを生きる、子どもたちも。天は、透き通った者だけが入れる天国なのではなく、透き通った「わたし」そのものなのだと思う。肉体は地上にいる。しかし、精神は高く飛翔している。ことばは形をもっている。しかし、その精神は、声は、透き通っている。
うたがわたしを呼ぶ。いのちの存在たる何ものかが、光に変わり…

今宵、静かで温かな時が、みなさまのこころに訪れますように。

稲尾教彦

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